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第7章 少女二人 4/7

last update Last Updated: 2025-06-03 11:00:56

 キッチンで早苗〈さなえ〉は、晴美〈はるみ〉からの試練に立ち向かっていた。

 包丁さばきひとつを取っても、自分ではそれなりのものだと自負していた。

 しかし晴美の華麗なる包丁さばきは、早苗の自信を根底から揺るがしていた。

 味付けもそうだった。

 試しにソースを作るよう言われ、全く同じ素材で作ったにも関わらず、晴美のそれは別次元の物だった。

「自信喪失……」

 うなだれる早苗に、晴美が笑顔を向ける。

「早苗さんも、高校生とは思えぬ実力をお持ちですよ」

「その慰めが、更に私を追い込んでいきます……」

「むふふふっ。こんなことで落ち込んでいたら、柚希〈ゆずき〉さんの胃袋を満足させられませんよ」

「なっ……ちょ、ちょっと晴美さん、それってどういう」

「言葉通りでございますよ。柚希さんへの熱い視線、まさか気付かれていないとでも?」

「ええええっ! 私、そんなに態度に出てます?」

「ええ、それはもうしっかりと。柚希さんは全く気付かれていないご様子ですが」

「はあっ……私ってば、最近空回りと自爆ばっかって感じだな」

「よきかなよきかな、いい青春をお過ごしのようですね。はい、ではこれをそちらの皿に盛り付けて頂けますか」

「はい……」

 早苗が小さくため息をつく。

 その様子に笑みを漏らしながら、晴美が言った。

「早苗さん。あなたはとても純粋なお心を持たれてます。それは料理にも現れてました。先ほど早苗さんが、私に完敗と言われたソース。

 確かに早苗さんの技術、荒削りで未熟なところもあります。ですが私はあの時、驚きました。この素材から、こんな温かい味覚を生み出せるのかと。それは早苗さん、あなたが料理を作る時、ご自身のプライドや腕試しだけでなく、その先にこれを食べてくれる方々の笑顔が見えているからだと思いました」

「食べる人の笑顔&helli

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